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2012年10月

毛利氏庭園。

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山口県防府市にある毛利氏庭園。



明治25(1892)年、井上馨が旧萩藩藩主毛利氏の別邸として
多々良山南麗のこの地を選定。途中、日清・日露戦争で遅延したが、
大正5(1916)年7月に完成した。とのこと。
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雨の日でした。駐車場に車を停めて歩いていくと。
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大きな門がありました。
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毛利重就の像。

防府天満宮にある野村望東尼の像のさらに奥、
天神山公園として整備されているんですが、
そこにひっそりと、毛利重就(しげたか)の像があります。



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毛利重就(1725-1789)。長州藩第7代藩主。



長州藩中興の祖。
産業都市としての防府の基盤をつくった人だそうです。
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野村望東尼の像。

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野村望東尼(のむらもとに、1806-1867)。勤王の歌人。



防府天満宮に像があって、ちょっとテンションが上がる。
枯れた表情ながらも、眼光に力があり、強い気持ちを感じさせる像です。



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この人のなにが有名って、かの高杉晋作の臨終際に、
あの有名な辞世の句「おもしろきこともなき世をおもしろく」、
に下の句「すみなすものはこころなりけり」を継いだという、
ドラマティックな逸話(どこまでが創作かは知りません)。
この下の句は蛇足かもしれんけどね。



その句碑もあります。
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防府天満宮の春風楼。

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防府天満宮の社殿の脇に、春風楼という建物がありました。



萩藩10代藩主・毛利斉煕(なりひろ)が、
1822年に五重塔建立を思い立ったものの、資金調達に行き詰まり、
途中で計画が変更され、現在の重層楼閣が1873(明治6)年に完成。



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楼上からは防府の街が一望でき、
春風楼の名の通り、季節の風が吹き抜けます。
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規模は小さいながら、厳島神社の千畳敷を思わせる風情があります。




防府天満宮。

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山口県防府市。



鎌倉時代以降、周防国府が置かれた場所とのこと。
古くからの要所であることと、それほど開発されていないことからか、
史跡がたくさんあるのですが、その中でもこの防府天満宮!



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すごい立派やった。



それもそのはず。日本三大天神のひとつ。
(あと二つは、大宰府天満宮、北野天満宮)
天満宮とは、平安時代の藤原道真を祀った神社のことですが、
ここは、日本で最初にできた天満宮なんだそうです。



901年、藤原時平の讒言により大宰府に左遷された道長は、
この地にしばらく滞在し、愛着を持ったことで、
道真の死後、904年に建立された、とのこと。



行ってみて、まず目に入るのがこの大鳥居と石畳。
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写真手前左側に道の駅「うめてらす」があり、
ここに車を止めて参拝しました。



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この大鳥居は、1629年作。
初代萩藩主・毛利秀就により寄進されたものだそうです。661c47d4.jpg



参道に敷き詰められた石畳も立派で雰囲気があります。
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正直、こんないいとこと思ってなかった。



石畳を少し歩いて、今度は青銅の鳥居。
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階段は少しだけ。奥に天満宮が見えています。
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